空条浩の小説と読書ともろもろ

ここでは小説の他にも読書についてや、興味を持ったことについて投稿する予定です。

【ショートショート】昨日の歌

 昨日聞いた曲を思い出せない。職場の飲み会があって二次会にカラオケに行ったときのあの曲名が思い出せない。スーパーで流れていた曲だっただろうか。いや、誰かのスマートフォンから漏れ出ていた曲だろうか。とにかく聞いた覚えがあるのに思い出せない。

 思い出せないなら忘れてしまおうと思っていたが、どうも引っかかる。忘れようとすればするほど思い出さなければならないという使命感じみたものが強くなって、目の前の事務作業を邪魔する。キャリアウーマンだとかできる女だとかになりたいなんて思わないけど、こんな仕事もこなせないなんて自分が許せない。あの曲がどうも仕事の邪魔をする。

 昨日はそんなに飲んでいなかった。上司もいたし、落ち着いてお酒を飲んでいられる状況ではなかった。カラオケに入った後も、誰か彼かの曲をゆっくり聴いている余裕なんかなく、とりあえずマラカスでも振っておこうとか、上司のグラスをちらちら見ておこうとか、そんなのに気を取られていて歌詞すらまともに聞いていなかった。歌詞を聞いてさえいれば調べようなんていくらでもあっただろうに。カラオケに行ったメンバーに聞いてみようか。いや、どう聞けばいいのか全く分からない。誰が歌っていたのかすらろくに覚えていないのだ。誰かが歌っていた何とかっていう曲が思い出せなくて、なんてわかるはずがない。せめて誰が歌ったのか……そうだ、男が歌っていた。課長ではなかったな。若手社員の誰かが歌っていた気がする。同期か後輩か先輩社員の誰かが歌っていた気がする。顔を見たら誰が歌っていたか思い出すだろうかと思い周りを見回すが、やはりだめだった。最近の歌を歌っていたがよくわからないものが多くてほぼ記憶にない。そんな中で確かに聞いたことがある曲があった。カラオケの定番みたいな感じだったけど、歌う人はあまりいなかった曲だ。

 あ、そういえば歌詞が「あー、ちゃららららー」みたいな感じだったはず。「ちゃららららー」が思い出せない。のどまで出かかっているのに思い出せない。あー、ちゃららららーりーゆーうもないけどー。あ、そうだ、こんな感じだ。こんな歌詞だった。でも、ちゃららららーが思い出せない。ここが割といいところなはずなのに。肝心なところなはずなのに。これでは歌詞の検索なんてできない。したってきっとヒットしないだろう。もうギブアップしてここのフレーズを聞いてもらって教えてもらおうか、いや、それだと何かに負ける気がする。この難問は自分で解いてこそ価値があるもののはずだ。じっちゃんの名に懸けて、必ず解いて見せる。

 ということを考えながら仕事をしているなんて、きっと誰も思わないだろう。それとも自分では気づかないうちに変な顔をしているのだろうか。いや、それよりも目の前の難問に集中せねば。男性アーティストの歌で「あーちゃららららーりーゆーうもないけどー」。ここまで来たら出てくるはずなのに、全然思い出せない。理由もないけど。理由もないけど……はなーがさく! そうだ、あーはながさくー、りゆーうもないけどー、はなーがさく、ぼくのうえ。ここまで思い出せた。もう射程圏内である。あとはタイトルを頭に浮かび上がらせるだけだ。えーと、TOKIOの……。

「高坂、お前花唄とかいい曲歌ったよなー、今度俺も歌おうかな」
「矢代先輩、人の持ち歌奪うのやめてくださいよ」

 だあああくっそ!

お題:昨日の歌